I-1 人類が初めて月に降り立ってから半世紀が経過する今、人類の活動圏を拡げて持続
的な人類活動に貢献する宇宙探査の活動が世界中の科学者や技術者によって行われている。
その活動の中で、人類が住める可能性のある星として名前がよく挙がるのが火星であり、
水、そして生命体の存在も期待されている。
このような状況において、地球上での使用を前提として製品化された機械を、下表に示
す火星の環境で使用するための実現可能性調査を行うことになり、あなたがその総括担当
者となった。
(1)機械製品を1つ想定して、その概要を簡潔に記したうえで、その機械製品を火星で使
用する際の課題を多面的な観点から3つ以上抽出し、それぞれの観点を明記したうえで、
課題の内容を示せ。
(2) 抽出した課題のうち最も重要と考える課題を1つ挙げ,それを挙げた理由と、その課
題に対する機械技術者としての複数の解決策を示せ。
(3)前問(2)で示したすべての解決策を実行した結果、得られる成果とその波及効果を
分析し、新たに生じる懸念事項への機械技術者としての対応策について述べよ。
(4)前問(1)〜(3) の業務遂行に当たり、機械技術者としての倫理、社会の持続可能
性の観点から必要となる要件・留意点について述べよ。
| 地球から火星までの距離 | 54.6~401.4×106 km |
| 太陽から火星までの距離 | 206.650~249.261×106 km |
| 赤道半径 | 3396.2 km |
| 地表での重力 | 3.71 m/s2 |
| 自転周期 | 24.6597 時間 |
| 地表での温度(Viking 1着地点) | 184~242 K(平均210 K) |
| 地表での風速(Viking着地点) | 2~7 m/s(夏季)、5~10 m/s(秋季)、17〜30 m/s(砂嵐) |
| 大気圧 | 0.40~0.87 kPa |
| 大気成分 | 二酸化炭素 95.1%、窒素 2.59%、アルゴン 1.94%、酸素 0.16%、一酸化炭素 0.06%、水蒸気 0.021% |
| 出典 | NASA, Mars Fact Sheet |
解答例
1 . 火星で使用する製品および使用時の課題
( 1 ) 使用する製品
エンジン生産ラインにおけるワーク搬送用コンベアとする。対象はモーター駆動のローラーコンベアである。
( 2 ) 火星で使用する際の課題
① 保全の観点
故障発生時に迅速に部品交換および修復を実施することが課題である。製品の生産は地球で行われると想定されるため、緊急に交換部品が必要となった場合、火星の現場に部品が到着するまでに数週間を要する可能性がある。また、重力が約三分の一である環境下では、地球と同等の速度で修復作業を実施することは困難であると考えられる。故障による設備停止は損失につながることから、休止時間を低減するための取り組みが必要である。
②温度差の観点
火星環境では地球より温度差が大きいと考えられ、機械が受ける熱影響への対応が課題となる。例えば潤滑は熱の影響を受けるため、地球上と同一の潤滑方法が適用可能であるか評価する必要がある。さらに、熱応力は地球での使用時より大きくなると考えられることから、熱影響に関する評価および対応が必要である。
③インフラの観点
火星では地球のように発電・送電インフラが安定していない可能性がある。このため、停電の頻発や電圧の不安定化が想定され、その影響を評価したうえで当該環境下でも安定的に稼働させることが課題である。
2 . 最重要課題とその解決策
( 1 ) 最重要課題
前項①で示したとおり、故障発生時に機械の休止時間を極力低減し、速やかに復旧させることを最重要課題と位置付ける。これは、地球から交換部品が到着するまで、機械が数週間にわたり停止し、ユーザーに多額の損失が発生する可能性があるためである。
( 2 ) 解決策
①予防保全の徹底および長納期を前提とした部品調達
保全方針は予防保全を基本とし、部品調達においては長納期を前提とする。保全に関しては、ユーザーに対して予防保全の実施を説明し、一定期間ごとに主要部品を交換する等の運用により、故障を未然に防止する。
②火星仕様を考慮した設計F M E A の見直しと対策強化
火星での使用を前提として設計F M E A を実施し、火星仕様特有のリスクおよび故障モードを追加する。さらに、当該リスクおよび故障モードに基づき、必要となる可能性のある部品を火星側の倉庫にあらかじめ準備する。これにより、緊急時に部品を迅速に出荷できるようにする。
3 . 成果と波及効果、新たに生じるリスクとその対策
( 1 ) 解決策を実施した成果
予防保全の実施により故障発生リスクは低減し、設備停止の発生も減少する。さらに、F M E A に基づき必要交換部品を想定して即時納入体制を整備することで、部品待ちによる長期的な機械休止を防止できる。
( 2 ) 波及効果
安定的な稼働が実現されることで製品の信頼性が向上し、企業のブランド力向上につながる。
( 3 ) 新たに生じるリスク
交換部品の交換回数が増加することにより廃棄物が増加する。これらの廃棄物が焼却される場合には大気汚染、埋め立てとなる場合には環境破壊につながるリスクがある。
4 . 対策
リサイクルおよび再利用の仕組みの構築リサイクルや再利用を可能とする仕組みを構築する。例えば、廃棄品を回収し、センサ等を再利用することで廃棄物を削減できる。また、異素材を分解しやすい構造となるよう設計することで、素材ごとのリサイクルを可能とする。
( 3 ) 業務遂行に必要となる要件および留意点
火星環境での使用検討という新たな挑戦にあたり、各種機械技術や関連分野の専門家の知見を積極的に取り込み、技術者としての知識および資質能力の向上に努めることが必要である。 以上